2011年11月26日土曜日

ウルグアイ公園の子供達/Niños en la plaza Urguaya

そうだ。
写真は無いけれど、先週の楽しかった話を書いておこう。
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写真は近所の珍しく愛想いい牛乳屋さん
Bar904のブルースライブを見に行った帰り、地元の若者達に声を掛けられて、飲みに行くことになった。
そして近くの屋台でわいわいと飲んでいたが、店員がもう終う時間だというので、じゃあ場所を移そうよということになった。

もう夜中だったので、すっかり閉まってしまった街をほろ酔い加減で歩くことしばし。
着いたのはウルグアイ公園だった!
ちらっと「ウルグアイ公園は危険だよ」と言っていた誰かの言葉を思い出したが、地元の真面目そうな若者3人と一緒だからなと、露店に腰を落ち着けた。
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そして結果的に大正解だった。
いつか話してみたいと思っていた公園に住む家の無いインディヘナの子供達が、僕らの歌声に誘われて集まって来て、一緒に歌えて楽しい時間を過ごせたからだ。

やっぱり子供は子供だと思った。
屈託の無い笑顔を見ていると、幸せな気分になった。

やはり近所の中華街
この子達はもしかしたら昼間、ちょっとしたかっぱらいや金乞いをして暮らしているかもしれないと思うと少し悲しい気持にもなったが、一緒に歌っているととても楽しそうで、キャッキャとテーブルを叩いてリズムに乗ってくれた。

ありがとう。楽しい時間。
なんだか、かけがえの無い時間だと勝手に思っていた。

もしボクにもう少しお金があったなら、楽器を人数分買って来て子供達にプレゼントしたい。
サックスやトランペット、ハーモニカといった吹奏楽器、ジャンベやタムタムみたいな打楽器や、ギターやベースなどの弦楽器・・etc. etc・・。
それはもしかしたらすぐ親にお金に変えられるかもしれないけれど、中には親も認めて音楽が好きになって続けてくれる子もいるかもしれない。

メルカド4の黄色い現金輸送車
たまに楽器のある音楽教室に招くことができれば、かっぱらいじゃなく音楽で稼ぐ事を覚え、素敵な音楽家が産まれるかもしれない。
ジャズなんかは、そんな音楽家がいなかったっけ。
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集まって来たときはアジア系の顔をしていて、崩れた服装や態度、それに子供なのにタバコを吹かせているから悪そうなガキ達だなと思ったけれど、音楽の前ではただの素の子供に成ってくれていた。

最後は笑顔のハイタッチで別れたけれど、また会う事ができればいいなと思った夜だった。

2011年11月19日土曜日

記念オブジェ完成/Se ha acabado la monumento.

ボクのデザインした木と鉄とブロンズ製のモニュメントが・・まだプレートはできていないけれど少しずつ出来て来ていたモニュメントが・・一応の完成を見た。
パチパチ・・。

最初のスケッチからずいぶん掛かった割に最後は駆け足だったけれど、まぁできたのでよしとしよう。
出来上がりは決して満足できる品質では無いが、デザインや図面以外、自分ではなにもできなくてお任せだったから、今の立場ではよくできたというべきだろう。

さっそく写真を撮ったが、きれいな銘板プレートをはめ込んだ暁には、もっと見栄えがするはずだ。
校長先生は、卒業式の際には下からスポット照明を当てようと提案してくれた。

しかし、何はともあれ約束の卒業式までに出来て良かった。
卒業式は12月中旬だが、授業は実質11月中なので、ギリギリ間に合った格好だ。
でも銘板は月をまたぎそうだなぁ。
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少し説明すると、ベースは五角形にした。
五角形は、黄金比を持つ図形として知られるし、五大陸を表すことができるのでバランスした平和な世界を表現したつもりだ。


樹々に囲まれたモニュメント
そして、世界の上に立つ鉄の部分はパラグアイの楽器アルパの形をしていて、パラグアイを象徴した。
そこにぶらさがっているブロンズパイプはアルパの弦を表現しているが、中に鉄製の重りが入っていて風の強い日には音が鳴る仕組みになっている。
音はドミソドのメジャーな和音が鳴るように設計上は長さを調整したが、実際の作業で長さが少し変形されてしまったので、ちゃんと和音も出ないし、せっかくブロンズパイプを自前で買って提供したのに、中の重りはありあわせの材料を使ったらしく、大きすぎるし形も悪いので、いい音で鳴らないのが少し残念だ。
その鉄のプレートは2枚あるが、もたれあっている形にして日本とパラグアイの二国の親交や友情を表現した。

オブジェ越しに青空を見上げる
上に乗った木の部分は、昇竜のように未来へのめでたさと幸運の象徴として、日本の「こいのぼり」を表したつもり。
この木の形も、ありあわせの材料を使うべく変化してできて来てしまったので、あまりダイナミックな形にはならなかったが、なんとなく雰囲気は出ていると思う。

なにはともあれ、充分に言葉も分からない中よく出来たものだと思う。
もう意思の力しかなかった。
どんな作品にせよ、いい記念になった。

またここに来ることがあれば、見ることができると思うと、足跡を残した心境だ。
協力してくれた先生方に感謝したい。

2011年11月13日日曜日

無事に終了/La Presentación terminó

発表会は少し笑いも取れ、無事に終了した。
ただの小さな発表会だけど、慣れないボクは少し準備に苦労した。
しかし仕事の手も止めないで平行してやれたのは、良かった。

スペイン語も充分に通じたらしく、「いい発表だった」ってみんなに言ってもらえた。
ただ・・質問されたのに、そのスペイン語は分からなかった。
ハードに勉強しなきゃなと思った。
やることが多くなって来て、現実にはなかなかできないけどな。
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発表は朝だったが、その日の昼食は少し豪勢に食べ、手伝ってもらった同僚とビールを飲んで笑いあった。
色の組合せの説明をするボク
今後の話もいろいろ出たが、帰るまでに全部できるかどうか分からない。
やっと仕事になって来たので、できるだけやって帰ろうと思うけれど。
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その日の夜には久しぶりにCafé Bohemiaへ出掛けて、サルサのライブを聴いた。
しかしボクは眠くて眠くて仕方無かった。
眠気眼でみんなが踊るのを見ていると、ぼんやりと南米にいるのを実感した。

日本でも「踊る阿呆に見る阿呆」と言うから、踊ったもん勝ちなんだろうけれど、セクシーなおねえさん方や、ラテンなおっちゃんらがすごくうまく踊っているのを見ていると、どうしてもボクが混じって踊る勇気は出なかったな。

ボクにはやっぱりお馴染みプランタアルタの卓球選手権や、最近気に入ってるBar904のブルースライブがいい。
踊るとしてもKILKENNYあたりで古いアメリカンロックで踊って騒ぐのが関の山だ。
このサルサライブは、少しはステップを覚えたなら来よう。
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鶏肉料理を作成中のEscobar先生とRosio
翌日、同僚の先生が生徒と一緒にChuppín de Polloという鶏肉料理を教室で作ってくれた。
ボクへのプレゼントだという。

昨日の昼食のおかえしなんだろうか。
いつも世話になってるのに全然いいのに。
いい人だなぁ。

明日からまた仕事がんばろ。