2011年7月31日日曜日

友達の日/Dia de Amistad

もらったもの:ナイフと名刺入れと小グマ
今日7月30日は「友情の日」だそうだ。
いろんな日があるもんだ。

母の日、父の日は日本でもあるけど、友情の日はボクは聞いたことが無い。
でもうちのカウンターパートは「パラグアイが発祥で世界的に広がっている日だ」と言う。
ーーーーー
そこで学校ではプレゼント交換をすることになった。
くじびきの結果、ボクはロシオという女の子へプレゼントを渡すことになった。

「ハボン・デ・ココ(ココナッツ石けん)でいい」とみんなが言うけれど、それが何かが分からない。
「そんなの本当にあるの?」と聞いたら、「ある。安いんだ」という。
でも冗談で言ってるところをみると、それはあまり喜ばれないんだろう。

学生だから文房具でいいらしいが、エスコバルさんが「安い小さいものにしてね。高価なものや大きいものはダメだよ」と言った。
日本の3色ボールペンが受けると最近聞いたから、分かっていれば買って来たのにな。
楽しい習慣だが、プレゼントが苦手なボクには悩ましい・・・。
ーーーーー
 朝学校へ7時に行って、まず先生方と友情を深める朝食会。
朝の爽やかな日差しの中でカフェコンレチェとチパ、エンパナーダ、タルテデケソなどの軽食が並ぶ。
なかなか和やかで美味しかった。
教室ではカウンターパートが名刺入れをくれた。小さなぬいぐるみも。
びっくりした。
どうやらくじびきの学生とのプレゼント交換以外に、親しい人にも日頃お世話になっている印に贈り合う習慣があるようだ。
来年は何か買って来なきゃ。

あげたもの:大事にしていた雪まつりグッズ
ボクは結局、日本の絵はがきと携帯ストラップをプレゼントした。
最後の日本のものなので大事にしていたから少し寂しい気がしたが、喜んでくれるならと思い切って放出した。

そのかわり学生からナイフをもらった。
なかなか気に入ってる。
ーーーーー
プレゼントの交換会の時、日本の同僚に呼ばれてパソコンのセッティングをするはめになって立ち会えなかったのが残念だった。
おまけに学校で音楽やダンスイベントをしていたのに、それも見ることができなかった。
今日は夜にも友人の相手をしていて予定が大幅に狂ったし、まぁ・・いわば友情の日らしく友人に尽くす日になったということだ。

2011年7月29日金曜日

ギターの弦が切れた/Cuerdas de Gitarra

昨日、ギターの4弦が切れた。

閉まっておいたのを取り出そうとしたら切れていたもので、いつ切れたか分からない。
やはり、ナイロン弦をピックで弾くのは無理があったかな。

それともパラグアイ製の弦は弱いのかな。
いや、そもそもどこ製の弦が張られていたのかを知らない。
何年前に張ったものなのかも分からない。
ーーーーーーーーーー
そういえば、このギターに関する情報をまったく持っていない。

確かフロントの板は輸入パインだ・・・アメリカ製だったか、カナダ製だったか・・。
買う時、木目の好き嫌いだけで決めたところがある。パラグアイの国産パインは色が悪くて気に入らなかったんだ。

かっこいいギターでもこの国では、弾きにくかったり、曲がりが強かったり、弦と指板の間が浮きすぎてたり、斜めってたり、フレットがおかしくてチューニングが合わなかったりと、いろいろあるらしい。
現地のプロが「パラグアイ製のギターはダメだ」みたいなことを言うのを聞いて驚いたのを思い出した。
「アルパはいいんだけどなぁ・・」と同時に言ってたが、アルパはほぼパラグアイでしか作って無いだろうから、パラグアイより悪い品質を探しようが無い気がするが・・・。
ーーーーーーーーーー
とりあえず仕事が終わってから、メルカド4の楽器屋へ走る。
「普通の弦でいい?」と聞くので「Si」と言ったら、
「1本3000Gs(約60円)で6本で15,000(約300円)」だという。

どうせ全部張り替える気だったから6本買うことにした。
すると出て来たのが袋にも何も入っていない裸の弦の巻物。
ふや〜、雑。しかも安もん丸出しで、少し指の油か何かですでに黒ずんでいる。

まぁとにかく買って、途中の牛乳屋で切れてたミルクも買って帰って来た。
ミルクは1リットル3500Gs(約70円)。
いつも買うヨーグルトは8000Gs近くするが。

※しかしパラグアイのミルクは袋に入っていて扱いにくい。ボクはロートを買って対応している。
ーーーーーーーーーー
家に戻ってほぐして、ほぐして、とりあえず切れた4弦を取り付ける。
最初は不安定なので、弾いては締め直しを何度もしていたら、他の弦を付けるのがめんどくさくなって来た。

それで今日は、4弦だけ色が違うままのボクのパラグアイ製ギター。

2011年7月25日月曜日

コパ・アメリカ決勝/Final Copa America 2011

今日は冬休み最後の日曜日。
そして、午後3時(日本時間25日午前4時)からコパ・アメリカの決勝があった。
なんとパラグアイが決勝に進出するのは、1979年の優勝以来というから32年ぶりだ。

さらに驚くのは、決勝まですべて本戦を引き分けで来たことだ。
準決勝でもベネズエラになんとかPK戦で勝ったのだが、そのベネズエラは3位決定戦で昨日ペルーに負けてしまっていた。

相手のウルグアイは、準々決勝の強豪アルゼンチンとの戦いこそPK戦でなんとか勝って上がって来たが、準決勝ではペルーにちゃんと勝った。
客観的に見ると旗色が悪いが、我々はパラグアイの奇跡を信じて赤白のパラグアイ・ユニフォームをまとった地元の人達に混じり街角のバーで精一杯応援した。

そして・・・・・あっさり負けた。
2対0になった時点であきらめムードが広がり、人の数が減った。
我々はがまんして最後まで見ていたが、3対0のいいところ無い完敗だ・・・。

パラグアイのFIFAランキングを見ると6月で32位。ウルグアイは18位だから順当な結果ということになるんだろう(ちなみに日本はなんと13位!)。

しかし、すごく期待していたので、なんだか悲しくなって、その後飲んだ。
あぁ・・決勝進出32年ぶりだし、パラグアイの人たちは愛国心が強いから、もうちょっと善戦してくれるものと思っていたのに・・。
悲しい幕切れだった。

しかし、よく考えるとFIFAランキングが常に片手に入るブラジルを下してここまで来たんだから、2位でもものすごく善戦したということなんだろうな。
そうだ、ここは素直に喜ぼう!
パラグアイ、2位おめでとう!

(写真は公式サイトから:http://www.ca2011.com/)
※結果表はABCの図をアレンジ

2011年7月18日月曜日

パラグアイEXPO 2011

この7月9日からEXPO 2011が始まった。
アスンシオン空港に近い動植物園を少し行ったところにあるEXPO会場で。
[入場料は15milGs(約300円)]

ほんとかうそか約30万人が訪れるそうだ。
招待券をもらったこともあり、昼2回(月・土)と夜1回(火)行ってみた。
ーーーーー
昨日の土曜は、朝から行った。

広い緑がきれいなサッカースタジアムのような場所で、なにか式典のようなものをやっていた。
整然と並んでいる奇麗に飾られた馬や牛やヤギの姿も見える。
カウボーイやカウガールの姿も見える。
あのカンバ・クアの人達やインディヘナの人達も民族衣装を着て集っている。

それを見て「面白そうだ」と座席を確保した。
ところが、冬なのに30度越えの暑い日差しの中、じっ〜と待っていたのに延々と演説ばかりで一向にイベントが始まらない。
時折拍手や「ビバ・パラグアイ!」というシュプレヒコールが起こって、みなさんなかなかに盛り上がっている様子だったが、我々はスペイン語の意味がよく分からない。

参加している動物達も難がり始め、小さな子供が泣き始め、30分近く経って僕らもとうとうガマンできず席を立った。
僕らは途中から聞いたから、きっと1時間以上しゃべってたんじゃないかな。
何回か集会やコンサートで同じように長い演説に参ったことがあったから、パラグアイの人たちは本当に演説好きなんだなぁ。

帰りがけにカンバ・クアの人に何時に演るのか聞いたら、大きく両手を広げていつか分からないと嘆いていた・・・。
ーーーーー
それから場内を一回り。
メインは農業牧畜関係で、たくさんの牛や馬やヤギや羊、関連する製品等が展示販売されている。
もちろん、花卉などの生産品や蜂蜜などの二次加工品も多く販売されていて賑わっている。

目立ったのは革製品でアルゼンチンからも出展があり、なかなかパラグアイでは買えないような高品質そうなカバンや靴、衣類も販売されていた。

一角には、アトゥラの革製品やインディヘナの植物から編んだカバンやルケの楽器、銀細工などを展示販売するIPAの工芸家達の出展もあった。

そして、やはりというか、単に販売目的の特徴のあまりない市中と同じようなお土産屋さんも、たくさん店を連ねていた。

国ではなぜかオバマ大統領の等身大のパネルを入口に置いたアメリカと、きれいなテーマ模様をまとった台湾館、アルゼンチン館、韓国館くらいがあって、自国の商品を商談目的に簡単に展示していた。

そして農業関係に比べ面積は小さいが、工業製品や自動車メーカー、各種学校、家電製品、航空会社、衣料品メーカー等の展示があり、一応総合見本市の形を整えている。
(写真は航空会社のキャンギャル2人)
ーーーーー
それから、肉を食わせるレストランが多数!ほんとに多数。
我々はロミートと呼ばれるナンのようなものに豚鶏肉をはさんだアラブ料理を食べた。
もちろんビール付き。
(写真は別の日に食べたParrilla)

そして音楽!
全体としてはボンボンとベース音が鳴り響くうるさい会場だった。
ーーーーー
まぁあまり見る所も無いものの、年一回のことなので機会があれば来年また来ようと思ったこのEXPO。24日の日曜日までなので、全部で2週間。
夜に来た時は、夜10時前でも続々人が訪れていた。
駐車場のにいちゃんにいつまでやってるのか聞くと、「12時までだけど、客が居ればもっと遅くまでやってる」とのこと。
パラグアイらしいいい加減さです。
ーーーーーーーーーー
さて、今日は昨日の暑さの反動か土砂降りの日曜日となったので、どこにも行かないで家で過ごした。
午後3時からはコパ・アメリカ準々決勝のパラグアイvsブラジル戦を、ビール飲みながらテレビで見た。

そして・・・あのブラジル相手に守りきってPK戦で勝った!
数日前のウルグアイを見るようだった。
戦術を参考にしたのかな?
これで準決勝進出だ。
ーーーーー
そして!!!
女子ワールドカップで、なでしこジャパンがアメリカに初めて勝って優勝した!
勝ち方もすごい!おめでとう!!!!!

震災の日本に最も大きな元気をくれた。

2011年7月1日金曜日

バス事故と交通事情


大きなバス事故があったという。
気になって翌日、一面に大きく写真が掲載されている新聞「Ultima Hora」を学校へ行く道すがら買ってみた。

アスンシオンに近いカアクペで、Ciudad del Esteへ行く長距離バスがトラックと正面衝突したようだ。
15人が死亡12人がケガと新聞は伝えている。

丘から下って来たトラックのスピードの出し過ぎが原因らしいが、バスの運転手の息子がこの日誕生日だったとか、父親が亡くなって日が無く女手一つで息子3人を育てていたチパ売りの働き者のお母さんが亡くなったとか、悲しい話が伝わるにつれ、事故の悲惨さをより感じる。
当然それぞれの人にそれぞれの素晴らしい物語があるのだろう。

ーーーーー
この事故は長距離バスだが、日常的にバスを使う我々にも他人事ではない。
アスンシオンのバスはかなり運転が荒く、我先にと抜きつ抜かれつのレースでもしているように、かなりの猛スピードで暴走している。
車線を無視して少しでも早く行こうと、路肩を走っているバスまで見たことがある。

ヘタするとちゃんと停車しないで客を降ろすこともあるから、気をつけないとケガをする。
いや実際に足を骨折した人もいるし、路肩から離れて停車したせいで後ろから来たバイクにはねられて死んだ人もいる。

基本的にアスンシオンでは車優先なので、バスに限らず車には充分注意を払わないと、平気で突っ込んで来るから恐い。
交差点ではいつもキョロキョロしている。
歩道を歩いているだけでも、駐車場から出る車や、バイクがやってくるのでいつも注意は必要だ。

おまけに事故にあっても保障はほとんど無いと思われるので、自己防衛が必須だ。
事故件数は知らないけれど、きっとかなり多いに違いない。

ーーーーー
ところで話しは変わるが、新聞を買って行って学校で見せていると、同僚が「ちょっと新聞貸して」というので渡すと、トイレに持ち込んだのには驚いた!
日本では借りた新聞をトイレに持ち込むようなことは無いと思う。匂いが移りそうだし汚れそうだし、イヤなもんだ。
もう9ヶ月になるのに、まだまだ未知数な部分があるパラグアイ・・ある意味奥深い。

そういえば若い同僚に貸した金も返って来ない。
平気な顔をして接してくるので、忘れているのかとも思うが、なんだか気持ち悪いもんだ。

でも、まだまだアスンシオン暮らしは続く。
これからもいろいろあるだろう。
日本と違うということは、しかし楽しみでもある。